「人生の成功哲学」ありがとうは有り難い

どうもこんにちは☀️

おけこと申します。

 

先日こんなツイートをしました。

 

あなたは普段からありがとうをしっかり使っていますか?

 

今回のテーマは僕たちが普段当たり前に使っている

ありがとうの語源についてです。

 

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ありがとうは当たり前じゃない

僕たちは普段の生活でありがとうという言葉を無数に使っています。

しっかりと思いを込めている人もいると思いますが、

形式的に使っている人も少なからずいるでしょう。

 

僕がそんな中で感じたのは、

「ありがとうってどうやって生まれたのか?」

という疑問です。

 

その語源を知らないために僕たちは日常の中で、

ただお礼を言う時に使う言葉程度にしか「ありがとう」を意識できていない

のではないか?本来の意味を知ることでもっとしっかりとありがとうを

使っていきたいと思い少し調べることにしました。

 

1.語源は仏教にあり

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ありがとうの語源は仏教から来ているというのが通説です。

お釈迦様が説いた「盲亀浮木」の譬えの中での

お釈迦様と弟子の問答が語源とされています。

 

その中で釈迦は弟子に人間として生まれたことをどう思っているかを聞きます。

 

弟子は人間に生まれたことを喜んでいるとは言うものの

実際どれくらい貴重なことなのかということを理解はしていなかったのです。

 

そんな弟子に釈迦は他の生物なども例に挙げながら、

人間として生まれることの価値を伝えていきます。

 

2.人として生まれる奇跡

僕たちは人間として生を受けた状態でこの世に存在しているので、

そもそも人として生まれること自体の意味、価値をあまり深く

考えてきていないように思います。

 

しかし実際人間として生まれることは紛れもなく奇跡なんです。

 

同じようにそのことを深く考えていなかった弟子に対して、

釈迦はその価値を説きます。

自分に言われていると思って読んでみて下さい笑

 

前章で出した「盲亀浮木」の中で釈迦は、

100年に一度しか大海原から顔を出さない盲目のカメがいる。

そしてその大海原の海面には1本の丸太が浮かんでいる。

 

その丸太の真ん中に拳くらいの大きさの穴が開いていて、

海を漂っている。

先ほどのカメがこの丸太の穴の中にひょいと顔を入れることがあるだろうか?

と弟子に問います。それに対して弟子は、

 

そのようなことはとても考えられません。

 

というように答えます。

 

恐らくこの記事を読んでいるあなたも弟子と同じように思うでしょう。

しかし釈迦は弟子に対しまだ問い続けます。

絶対にないと言えるか?と。

 

もちろん絶対ないとは言えません。

偶然に偶然が重なる必要があり、奇跡のような確率ではありますが

盲目のカメが穴から顔を出すことは可能性としてゼロではないですよね。

しかし0.0001%とかそんな感じでしょうか。

 

釈迦は「人間として生まれる確率はこれよりも難しい、有り難い」と言います。

 

有り難いとは有ることが難しいという意味でめったにないことです。

人間として生まれることはそれほどの奇跡で喜ばしいことなのだと、

釈迦は弟子に伝えます。

 

そうこれが「ありがとう=有難う」の語源です。

 

では人として生まれることはどれほどの確率なのでしょうか?

 

3.人に生まれる確率

人間は世界中で70億人ほどいますが、

他の生物はそれの比ではありません。

 

昆虫の総数は百京にも上るといわれています。

ちなみに京とは一兆の一万倍です。もう訳が分かりません。

 

人間の人口をかなり多く見積もってい100億としても、

昆虫の数はその1億倍です。

僕たちが人間として生まれる確率は昆虫に生まれる確率の

1億分の1程度しかないんです

 

どれだけ人として生を持つことが奇跡的なのかお分かりいただけたかと

思います。

 

4.有難うと当たり前

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 逆にありがとうと対比される言葉とはなんでしょうか?

いくつかあるとは思いますが、一つに

当たり前があると思います。

 

当たり前の意味は何となく理解していると思いますが、

「当然な様子」「世間並」「誰が考えてもそう思うこと」などです。

 

では語源はというと2つの説があり断定は出来ないとのこと。

 

1つは「当然」の当て字として使われるようになった説。

もう1つは「共同作業した際の1人に当てられた分け前」という説。

ただどちらにせよ、もらって当然という意味が含まれている。

 

このように有難うと当たり前には大きな意味の違いがあるはずなのに、

僕たちは日常の中でこの有難うを当たり前のように使っているのが現状です。

 

前述している通り、人間に生まれること自体がそもそも有り難いことなのに

あなたはそれを忘れがちになってはいませんでしょうか。

 

まとめ

ちょっとスピリチュアルというか感覚的な話題を今回は取り上げました。

しかし僕らが使っている「ありがとう」という言葉には人として生まれる

という奇跡が含まれていることを忘れてはいけないと思います。

 

今あなたの周りにいる人たちは決して「当たり前」ではなく「有り難い」

存在なんです。

 

それを思い出して身近な人に対してからでもいいので、

心からのありがとうを伝えてみて下さい。

ではまた!

 

 

人生を変える言葉「ありがとう」

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